はやぶさ

 昨日、東京の実家へ行ってきた。

 JR東日本の商品で「キュンパス」というのがあり、一日乗り放題で1万円というので、これを使って東京まで新幹線で往復した。

 少し前から知ってはいたのだが、きっぷの買い方があまりよくわからず、使っていなかったのだけれど、前回と今回で何とかマスターした。いつもは e-ticket チケットレスでスマホをかざすだけで改札を通れる仕組みを使っていた。私は進んでいるんだか遅れているんだかよくわからない。

 姉と合流して特別養護老人ホームへ。聞くところによれば、最近の母は調子がいいらしい。担当の方は私たちに、母が毎日どの位食べているのか、水分摂取量など、血圧やその他の状況等が、毎日克明に記録されているタブレットを私たちに見せてくれた。

 前回のカンファレンスで指摘されていた食事も、水分量も、ここ数日はいい調子なのだそう。そしてすぐに看取り体制になるのかと思いきや、今はまだその段階ではなく、私たち家族の意向を確認する段階です、と教えてくれた。

 姉と一緒に説明を受け、サインをし、面会ができるというので母に会った。看取りと聞いてしまったので、てっきりもうベッドの上で動けない母を想像していたのだが、母はいつもお世話になっている介護士の方と一緒に車いすに乗ってやって来てくれた。

 「この人だれ?」

 私の事を指さして言う。

 姉のことはいつも来ているからわかっているのだろう。

 以前なら悲しい気持ちになったこの言葉も、今では母が生きている証。よかった。

 「カステラとどら焼きと、どっちがいい?」

 姉が、母の好物を差し入れるのに聞いたところ、

 「重い方がいいねぇ。」

 こんな返事が帰ってきた。母は実は頭がよくて面白いのだ。

 しかし、面会後半は疲れてきたのか、車いすの上でぐったりとしてしまう時間が多くなったので、そこそこで切り上げて帰ってきた。

 実家では父の見まもりカメラの整備。新しく契約したWi-fiの端末を設置して、3台の見まもりカメラを繋いだ。公団住宅の狭い家だが、私もやけくそになって、途中に中継器を2つ入れて、さらに各カメラに遠隔で再起動ができるように、私のスマホからオンオフできるようなプラグを仕込んだ。

 これが災いした。

 うっかり引き揚げてしまったWifiにこのプラグ2つが繋がっており、帰りに見るとオフラインに。でも、繋がった状態でオフラインになっていたので、とりあえずはよし。

 あとは姉と葬儀社の価格の話をしたり、墓の書類がどこにあるのか話したり、母の郵便局にあるお金は最終的にはどうなってしまうのか話したりした。このような姉と弟の会合は、父が小規模多機能ホームに出かけている日の日中に行われている。姉は父のことを心の底から嫌っているので、私が間に入って、こんな風になっている。

 母の状態が変化したときには、姉に連絡をもらうようになっている。私はちょっと離れた所からの調整役である。

 帰りは一緒に京王線に乗って、姉は一つめの駅で降り、家に帰る。20年も30年もあまりというか殆ど話さなかった姉とこうしているのは、これもこれで、相変わらず不思議な感覚なのである。

 とにかく、姉が近くにいてくれることと、母が蓄えを残してくれていたことで、私はかなり助かっている。姉が海外にいるとか、毎日忙しい管理職で休みが取れないとか、お金が全然ないとかだったら、もうギブアップだったろう。義父の時もそうだったが、何とかなっているという感じである。特に今回は、私が失業している時期と重なったので、ほんとに助かった。

 東京駅からははやぶさで帰った。

 途中、暇だったので、とある乗り物YouTuberが見ていたスピード計測のアプリを落としてスマホで計ってみたら、やっぱり途中で298キロ出ていた。これに乗ってしまうと、もう高速バスや自家用車には戻れない感じがする。

 今日起きて、昨日のミスをリカバリすべく、姉と連絡を取り、部品を送った。これでいいだろう。

 今日はこれから歯医者である。奥のブリッジを作る型を取るとかで、1時間かかりますと言われているけれど、歯医者は好きなので、これはこれでがんばろうなのだ。

 最後になって欲しい失業生活も残すところあと20日。今後の事を考えると不安でいっぱいだけれど、とにかく病気をしないで暮らすことを考えるしかないよな、というのが、最近の結論なのであった。