ホワイトガソリンを燃やし切る日|ツーバーナーと記憶の片付け 公開日:2026-03-24 屋久島日記 自宅倉庫の奥に、ホワイトガソリンが眠っている。 20年以上前、こちらへ来たときに、キャンプ道具一式を買い揃えてキャンプをしていた時期がある。 今では燃料と言えば、コールマンでさえカセットタイプが主流のようだが、当時 […] 続きを読む
25年ぶりの電話と、私の履歴書 公開日:2026-02-23 大型トレーラー運転手屋久島日記 私は今まで、いろいろな仕事をしてきている。 高校を卒業して、東京トヨタ、屋久島に行って漁師、帰ってきて佐川急便。もう一回屋久島に行って同じ漁師、その後結婚して仙台へ。こちらでは運送会社三社にお世話になっている。 と […] 続きを読む
動き続けた一週間。面接合格とWi-Fi騒動の記録 公開日:2026-02-22 wi-fiカメラC200介護屋久島日記 前回の更新から一週間が経過してしまった。 読者の方には、大変申し訳なく思っている。 どこまで書いたのか、忘れてしまったので、思い出している。 この一週間は、ほんとうにいろいろとあった。 16日月曜日、東京へ行っ […] 続きを読む
正月なんか、こんなもんでいい ― 変わってしまったお正月の話 公開日:2026-01-02 屋久島日記 お正月もいろいろと変わってきた。 小学生、中学生の頃、毎年年賀状をきちんと書き、親や親戚からのお年玉をあらかじめ計算して親から前借りし、欲しいものを買ったりしていた。小学生の頃は右にしか曲がらないラジコンやギャラクシ […] 続きを読む
母の特養入所へ向けた第一歩と、父の認知症対応――介護の現実と心の葛藤 公開日:2025-06-11 介護屋久島日記 今日はいよいよ、特養(特別養護老人ホーム)の担当の方が、母の入っている老健施設へ来てくれる事になっている。 母がどのような状態なのかを見て、最終的に入所が判断されるらしい。 実質的にはこれが、特養への入所への第一歩 […] 続きを読む
もし屋久島に住み続けていたら──介護と距離と現実のはなし 公開日:2025-05-09 介護屋久島日記 あのまま屋久島に住んでいたら、今頃大変なことになっていたと思う。 最初屋久島に行ったのは30歳の時。この時はまだ、親も元気で屋久島に遊びに来たりもしていた。 あの時の親の年齢と、今自分が同じ位の年齢になってしまった […] 続きを読む
収益化に取り憑かれて25年――YouTubeもTikTokもやってみたけれど 公開日:2025-05-08 屋久島日記 昔から収益化には興味がある。 何を隠そう、25年以上前に書いていた「屋久島のとびうお漁師の日記帳」俗称「とびうお日記」では、これが本にならないかとか、読者から購読料がもらえないかとか、そんなえげつないことばかりを考え […] 続きを読む
海上コンテナ配送で訪れたキャンピングカー工場と、過去の思い出 公開日:2025-03-17 大型トレーラー運転手屋久島日記 仕事で今日は海上コンテナをお隣の山形県村山市に配送する仕事を仰せつかった。 輸入され、中身の入ったコンテナをトレーラーに繋ぎ、配送先まで運転して行くのだけれど、そこは山形の雪深いところの一つで、しばらく行ったことがな […] 続きを読む
58歳、将来への不安と向き合う日々—屋久島の思い出と現実の狭間で 公開日:2024-08-20 屋久島日記 屋久島に行った頃は、将来のことなんか何も考えていなかった。 この先は、適当に年を重ねて、それなりに暮らしていくのだろうと、単純に考えていた。 しかし、ここ最近になって、将来への不安がかなり強くなっている。年齢は58 […] 続きを読む
あの頃、TikTokがあったなら 公開日:2024-05-08 屋久島日記 私が会社を辞めて、一回目屋久島に行ったのは1996年だと思う。 1966年3月生まれの私が、30歳の時だ。 当時は携帯電話がかろうじて普及し始めた頃で、屋久島の海の上では繋がらないこともあったし、島の中も万全ではな […] 続きを読む