有給なんて、制度上存在はするものの、そう簡単に取れるものではないと、私は今でも思っている。
バブル時に勤務していた東京トヨタの時は、決められた休みだけを取っていて、最後、退職時にまとめて有給を消化するというのが常だったように思う。
有給を下さい、なんて、口に出せる雰囲気ではなかったし、口に出そうものなら、あいつは有給魔だ、などと、後ろ指を差されてしまうような雰囲気があった。こんな感じの職場は、今でも多いのではないかと思う。
何日も何日も、有給は消化できずに捨てられていたと記憶している。
また、怪我や病気で長期欠席する時にも有給は使われていたように思う。コロナ前にカミサンが入院した時には、カミサンの職場のチーフが有給を使って休みを処理してくれたので、給料は減らずに済んだ。と、実際の職場での有給なんて、こんな使い方ではないかなと思う。
なぜこんな事を書いているのかというと、今の職場で言われたことが信じられなくて、バブルの私はギャップを感じてしまったからなのである。
もちろん仕事内容や職場にもよると思う。どこだって最低限の人数で回していると思うし、一人抜けたらそれを穴埋めする人が大変になる事は、私は身をもって感じていて、わかっているつもりだ。
実際に、そんなことを言い出す余裕があるということは、まだまだ業務改善の余地があるのだ、というのが、バブル世代の私の持論でもあった。これは反論を買うとは思うけれど、男性の育休に関しても、私はなかなか受け入れる事ができないというか、職場にもよるだろうけれど、難しい面があるのではないかなと思う一人である。
時代は変わっているようだ。
元祖怪物、元巨人軍の江川卓は、春のキャンプで毎日300球を投げ込んでいたという。こうすることで、完投、完封勝利を前提とした体力とコントロールが身につくのだという。
このような練習は、もう、時代が許さなくなってしまった。
元中日のエースで、楽天を日本一に導いたとある闘将は、指導の中でよく暴言を吐き、時には選手を部屋に呼び出してぶん殴ることもあったという。
このような状況があったからこそ、彼らは強かったのだろう。
今はこの辺りが緩くなって、投球は100球、何かを言えばパワハラですよ、という時代になっている。最近あまり野球を見なくなったのは、この辺りに原因があるかもしれない。
きつかったり、言うことが言えなかったり、だけど頑張らなくてはいけないから、会社のために、同僚のために、上司のために頑張っていたあの頃の状況からは信じられないのである。
どのような事を言われたのか、ご想像いただきたい。
…
いつでも有給を取って下さいね
なのである。
私は今でも有給が怖くて取れないし、こんな事を言われることになろうとは、この状況が今でも信じられないのである。
これがバブルの頭なのだろう。





