退職後の未解決を片付けて ― 寸志とETCカード返却から見えた人間関係

 退職した運送会社に対して、いくつかやることが残されていた。

 お盆にボーナスならぬ、寸志が現金で支給されるのだけれど、配車係との手違いがあり、私はこれをまだもらっていなかった。

 また、これは退社後数日して気が付いたのだが、会社から貸与されていたETCカードの返却を忘れ、自らの名刺入れに収納したまま退社してしまった。

 寸志の中身は、ちょこっとプラスすると、普通車の車両保険付き自動車保険が払えるというレベルの金額。ちなみに私は59歳の無事故で20等級なので、自動車保険はそれほど高くはない。

 ETCカードは不覚だった。全くわからないまま、自宅に持ち帰ってしまった。

 当初寸志は、配車係Aさんが預かってくれたものの、寸志は現金で支給されるため、Aさんはその所有を拒否し、会社の担当部長に返却してしまった。

 それを聞いた私はそれならと、もう一人の配車係B君に頼んだ。B君は私の家と自宅が近いので、持ち出して渡しますと部長に言ってくれたらしいのだが、部長は会社からの持ち出しを許さず、どうしてもそうしなければならないのなら、社長の許可を得なければダメだ、と指示。

 社長は社長で、それなりに難しい所があるので、B君は私と会社との間で板挟みになり困ってしまったのだ。

 私は退社後何度かB君と連絡を取ってはいたものの、なかなかいい返事が返ってこないという状況だった。ちなみにB君は、私が親の介護で退社するというと、「それ、私が代わって介護してあげたいですよ…」なんて言ってくれるような、体格は柔道部のようだけれど、とても優しい子。でも、話しやすいがゆえに、会社に対しての怒りをぶつけてしまうようなこともよくあった。その際には、最後に「これは会社に対して言ってるんだからね。B君に言っているんじゃないからね」とクギを差してはいたものの、可愛そうなことを何度か言ってしまった。思い起こせば運送屋というのは、いろいろと腹立たしいことが多いのが現実だった…。

 昨日の朝、B君から電話がかかってきた。聞けば、会社に来て部長から寸志を受け取って欲しい、代わりにETCカードを返却して欲しい、ひろしさんの予定はどうですか?という。

 私はB君が寸志を持ってきてくれるものとばかり思っていたし、もう退職した会社になど行きたくないと思っていたので、これを強烈に拒否した。

 B君はその性格がゆえ、会社と私との間でうろたえてしまった。

 私はいけないとは思いつつ、「もう会社辞めたんだぞ」と、本能的に最後の爆発をしてしまう。

 久しぶりの怒りの電話をよそに、カミサンが心配げにパートの仕事に向かった。こんな電話をしている所を見せたくはないのだが、仕方なかった。

 結局、私が会社に向かい、部長と対峙して寸志を受け取り、ETCカードを引き渡す事に。

 作業着は面倒くさいな、でも私服は嫌だな、なんて思いつつ、いつも庭の作業で来ているツナギに着替え、久しぶりにランクルヨンマルのエンジンをかけて、会社に向かった。

 会社はいつも通りだった。会長と社長は留守だったが、予定通り部長に会うことができた。

 面接時やお金などの大切な話の時に通される面接室に通され、事務員さんがお茶を出してくれる。そう、私はもう、この会社の従業員ではないのだ。

 会長夫人、社長の母である部長と、このように対峙して話したことなんて今まで一度もない。部長はその顔つきや仕草から、入社以来、私の事を気にかけていてくれた事を、私も身に染みて感じていた。私にはそれを返す術はなかったけれど、会社に対して事故を起こさないように、荷主や同僚に対して、迷惑をかけないように、お借りしているトラックは大事にするように、ということだけは人一倍心がけてきた。

「ひろしさんは今まで事故も起こさず、真面目に働いてくれたね。どうもありがとうね」
「最後のダンプの運転手さんだもんね。もうどれ位になるっけ?」

 開口一番こんなことを言われ、とても嬉しくなった。ちなみに初めてもらった給料明細は、平成27年の2月。タンクローリーの会社より長い間、在籍していたのである。びっくりだ。

 私も今までいろいろな運転手をあっちこっちで見てきたが、特に大型車、重量物などの運転手は誰も個性が強く、私みたいな性格の者はなかなかいない。

「運行管理の資格を取って、戻ってくればいいよ」
「お父さんをこっちに呼べば、戻ってこれるんじゃない?」

 などなどと、嬉しいやら困ったことやらを話してくれた。

 実をいうと同じ事は、息子である社長からも言われた。それを母である部長に伝えると、「やっぱりね」と、とても嬉しそうにしていた。私はそんなつもりは全くないのだけれど、悪い気はしなかったし、この家族の人間味を感じて、そこは一人の人間として心から嬉しかった。

 部長は、帰ってくればいい、という事に対して「こんな事、はじめて口にしたかもしれない」と言ってくれたし、その顔つきには偽りがなかったので、いい人なんだな、と本能的にわかった。私も心から言葉を発して、感謝を述べるとともに、これからの予定を偽ることなく伝えた。

 最後に事務所の出入り口で挨拶をしたのだが、配車係のAさん、B君をはじめ、お世話になった事務員さんが立ち上がり、総出で挨拶をしてくれた。まさか、一インチキ運転手の退社の挨拶なのにこんな風になるとは思ってもみなかった。

 はじめはB君からの電話で激高してしまったが、やっぱり人間は人と人なんだ。「話せばわかる」なんて言葉があるように、人ときちんと対峙して心から話をすれば、それなりに状況は前に進むし、今回のようにくだらない理由からであれば、解決してしまうということを身をもって感じた。

 いろいろと辛い事も多かったが、これで一区切りついた。

 お世話になったことに感謝しつつ、この思いを胸に、これからの人生をしっかりと歩んでいかねばなと思った。