同級生達と、久しぶりに楽しい時間を過ごすことができた。
私は離れているのと、自分自身の仕事が不安定、すなわち収入も不安定なこともあり、このような集まりになかなか出席することができなかった。そんなこんなするうちに、陰で彼らを妬んだりしてしまうこともあったりで、そんな自分自身が正直嫌だった。
そんな状況を打開してくれたのが、今回の就職。
4月から働き始め、何とかそれなりに収入を得ることができている。そして重要なのが休み。今までは日給だったので休んでしまうと給料が減ってしまっていたのだが、今の勤務先では今回のように9日休んでも一か月分のお給料がもらえる。段取りすれば、休みの前や後ろにさらに休みをつけることもできるようだ。さすがに入って早々は気が引けたのでこれはやめたのだけれど、こんなこともまったく問題なくできる職場なのである。
この時間と少しばかりの余裕が、今回の帰省を実現させてくれた。
一次会、二次会、そして三次会のカラオケまでフルコースで楽しく過ごすことができた。やはり多感な時期を一緒に過ごした友人たちは宝物だなと、今更ながらに思った。こんな私を見捨てずに忘れずにいてくれた同級生たちに、心から感謝したいと思う。
次の日は地元の友人宅に行った。彼もまた信じられない位の地位に今はいるのだが、会って話始めればそんなことは関係ない。過去の話に花が咲き、予定通りに宿泊させていただいて、翌日に返って来た。彼の家はもちろん東京にあるのだけれど、朝目が覚めて庭に出てみると、そこの空気はキャンプ場のようにすがすがしく、心からリラックスすることができた。
母親のカンファレンスに出席したのだが、母は施設の方々も驚くほどに回復していて、一時期は看取りを準備するように言われた事が嘘のように、元気になっていた。介護の方からは、「お母さんは施設の中でもムードメーカーになっていて、介護の者が、仕事で嫌なことがあったりすると、会いに行って元気をもらっているんです」なんてお話もあり、母は幸せなんだなと感じると共に、毎日きちんとしたケアをして下さる施設の方々に対しての感謝の思いでいっぱいになった。姉と二人でお礼を言い、帰って来た。
現時点で少し心配な要素があるとすれば父かもしれない。小規模多機能ホームという所で、デイサービスに行ったり宿泊したりしている。それがない日は朝と晩に薬を飲ませにきてもらうと同時に、部屋の掃除、洗濯物の回収、必要であれば日常生活の困りごと全てに対応してもらっている。
それに加えて、姉と私が常に見守りカメラで監視しており、おかしなことがあれば姉が駆けつけるなどしている。
食事は、家にいる際の夕飯はワタミの宅食を取っており、朝はおかゆを冷蔵庫に準備して、これをレンジで温めて食べるようにしている。それ以外に食べたいものがあれば、自分で近くのコンビニまで買い物に行く。92歳で杖もつかずに歩き、これができるのは大したものだと思う。
しかし、やはり年相応にあちこちに衰えがあるのと、父の性格上、喋るのが好きなのはいいのだが、今回発見した連絡ノートを見てみると、他の入所者さんに訳のわからないことを言って迷惑をかけてしまうことがあるようなのだ。これは本当に申し訳ないと思う。父には施設では自分の意見を主張するような事はしないで、大人しくしていてくれ、と注意したものの、この歳ではなかなか改善は難しいだろうなというのが実感である。
また、ここ最近は粗相もあるようだ。少し前には足がむくんで痛くなり、トイレに行けずに粗相をしてしまった。足のむくみはお医者さんで薬を処方してもらうことでだんだんと良くなっているようだが、これももしかすると何かの兆しなのかもしれない。私が帰る日には、小便が間に合わなかったとも言っていた。介護用のパンツを履いてはいるものの、下は歳相応に衰えてきているようだった。
父は自分で買った家が大好きなので、ここで暮らしていく時間をできる限り長く取りたいという希望がある。何とかこれ以上少なくすることなく、家での生活を続けて行ってほしいものである。
父の元へは、毎朝施設の方が来てくれている。夜に薬を飲んだか確認し、朝の薬を飲ませてくれる。掃除をして、洗濯物を回収して、泊まりの日なら戸締りを確認して連れ出し、そうでない日は様子を確認してくれている。家が近いことも安心できる要素の一つでもあるのだが、こちらもまた母の施設同様、本当に助かっている。
そんなこんなで、私の60歳のお盆休みは終了した。
今までになく充実していたというのか、何というのかわからないけれど、あれやこれやといろいろなことが出来てよかったなと思っている。
明日からまた、仕事を頑張らねばと思っている。





