姉が、母が入所する介護施設の病院の先生に呼ばれた。
嫌な予感がした。
何もなければ、呼ばれることなどないだろう。
前回のカンファレンスでも、生きる事への気力がなく、自分で食べることも飲むことも難しく、介助の手を借りて、ようやく食事ができている状況です、との説明を受けた。
予感は的中した。
週に一度、回診の先生が来て診ていただけるのだけれど、90歳の母はもう、食事を飲み込むことも難しく、介助をしても吐き出してしまい、血圧も下がり、何とか言う血液の数値もかなり悪いので、それなりの準備をはじめてください、とのことだった。
同時に、施設側としては、私たちが医療の力を借りて、延命処置を望むのではなく、緩和ケアに賛同しますという書類に、署名捺印をお願いしたい、とのことも言われた。
母は認知症が進んでいる。私のことがわからなくなってしまった時、私はとても辛かった。もっともっと、実家に帰ってあげればよかったと後悔した。
今回の知らせは、この時に比べればショックは少ない。というよりも、長男として、姉と協力して、やることをやらねばな、という思いになった。
まずは葬儀会社を選定する。義父の時に一式行ったので、様子はわかっている。遺体を引き取ってもらい、安置所にドライアイスと共に安置して、火葬場を予約してもらい、決まったその日のその時刻に火葬場へ行く。お別れの後火葬となり、骨を骨壺に入れて、骨の入った骨壺と書類をもらって、会計をして帰ってくる。
親戚など関係ない。法律に抵触しないよう、最低限のことをするだけだ。
今回はここからが少し違っていた。
父が作った墓が、八王子の都営霊園の中にある。父がまだ存命であることから、ここに母を入れなければならない。母は生前、海上散骨でいいわ、と言っていたが、さすがにそうはいかないだろう。
都営霊園の事務所に問い合わせると、やはり石材店を通して行うことらしく、石材店を紹介された。ここは、私たちも何度か行っているのでわかっている。
私たちは離れていることもあり、火葬後に直接墓に入れたかったのだが、こちらの石材店は職人さんお一人で全てされているようで、墓に入れるとなれば数週間の準備期間が必要とのこと。これは仕方ない。
しかし事情を話すと、ご好意で、骨を預かっていただけるという。とても好意的にしていただき、頭が下がる思いだった。
費用と花代と彫刻代を聞き、段取りはわかった。姉に連絡すると、それでいいと納得してくれた。私も姉も、母が戒名などを命名されることを望んでいないことは、生前に話し済みでわかっている。
問題は、要介護2で、半分認知症の父の説得だ。
これは、おいおい、姉と介護施設の方にも手伝ってもらい、進めていく予定である。何だかんだ言っても、もう既に父はこのような手続きができない状況なのだし、あくまでも喪主は私なのだから、申し訳ないとは思うけれど、従ってもらうしかない。
母は生前、とある大手の葬儀会社に積み立てをしている。数十万円のお金がそこにあるので、その際にはそれを使って葬儀を行うように、というような指示を、実は父から受け、実際に葬儀会社の事務所に一緒に行って私は話を聞いている。2016年位の話だ。
しかし、その会社の見積もりには、人件費一人6万円が3人とか、エレクトーンの演奏とか、豪勢な花とか、告別式とか、私たちには必要のないものが計上されており、ここに頼むと次の父の時にも何を言われるかわからないので、今回はやめて、地元の葬儀社に頼もうと思っている。
義父の際に関わってもらったお医者さんによれば、とある方はおにぎり一つで一か月生きることができていたという。最終的にはかなり燃費がよくなっているので、エネルギーはそれほど必要ないらしい。
こうして、自然に任せることが、本人にとって一番なのであって、現在行われている延命治療などは、逆に本人にとって負担なのだという見解を聞いたこともある。
私たちはこれでいいと思っている。
とりあえず準備はできた。
母よ、心配しないでいいからね。





