家の名義変更をしなきゃね。いつにする?
妻が突然そんなことを言い出した。
私は失業して少しした頃、この質問を妻に投げかけたことがあったが、彼女は面白くないような顔をして、「まだいい」と言った。確かに言った。
それなのに、突然言い出した。もっと早く言ってくれれば、失業時に余裕を持ってできたのに、と思って軽く問い詰めると、「歳を取ってお互い何を言ったのかわからなくなることもあるからね。悪かったわね。」と謝罪があったので、彼女を恨むことなく、この仕事に取り組むことにした。
妻は義父の一人娘で、義母も既に亡くなっている。私の実家のように、母がまだ存命だったり、本人の子供が何人かいる場合には、遺産分割協議書を作成し、各々の実印を押印し、印鑑証明を添付する必要がある。このあたり、車の名義人死亡の手続きと似ているので、私はそれなりに頭に入っていた。
でも、今回は一番簡単なケースだ。よかった。
早速、義父の戸籍謄本やら除票やら、産まれてから亡くなるまでが繋がる戸籍一式を取得すべく、妻と区役所に行った。義父はこちらが本籍のはずなので、窓口一つで解決するはずだった。
窓口には、10時前に申請書類を提出したはずなのだが、1時間が経過しても番号札の番号が点灯しない。カミサンといろいろと話していたのでそれほど苦痛な時間ではなかったのだけれど、おやおや、2時間も経過して、職員の人たちが順繰りにお昼に向かうような状況になったようだ。
ここで番号札の番号が点灯。2枚あるのに1枚分しか点灯していないので、変だなと思った。
予想は的中し、義父の戸籍の状況で、すぐには発行できない状況があり、少し時間がかかるとのこと。夕方5時までには作成できると思うので、申し訳ないけれどその位の時間にもう一度後来所いただけませんか、とのことだった。これは仕方ない。
ということで、二人で再び車に乗り、ぐるぐると久しぶりのドライブ。先日配布された仙台市の3000ポイントで、ステーキレストラン「宮」のランチをいただき、その後は東北には一件らしい、ちょっと地元民にとっては恐ろしい所にある「猿田彦コーヒー」でおいしいコーヒーをいただいて、5時ちょうどに到着するよう、再び区役所へ。
ところが、この区役所、ただでさえ駐車場に少々の難がある構造なのに加え、5時の10分前に到着したにも関わらず激混み。タクシーの列、駐車場の列、迎えの車の列、そして路線バスの列、見えない決まりがただでさえ訳わからなくなっているのと、駐車場から左へ出た後、右へ行きたい車が夕方の渋滞もあって動かないので、出入り口の流れが悪い。カオスである。
カミサンは列の後ろに並んだと同時に、区役所の中へ駆け込んで、書類をもらって、私がまだ駐車場に入る前に無事に帰ってきた。
この混雑は、そうか、期日前投票のせいだった。この地域の人たちは、まあ私たちもそうだけれど、何でも車だから、仕方ないと言えば仕方ない。ちなみに、この区役所は某JRの駅と直結している。
肝心の書類は、やはり戸籍上で、少し前に修正があったようで、それが上手く繋がらず、難しかったらしい。手数料で5000円とかお支払いだったらしいので、これは大変だったのだろうな、と思った。
家に帰って義父の戸籍を見直してみると、小さなふせんが添付されて、5つの段階になっていた。やはり令和5年に修正が入っており、その際に何かがあったようで、それが時間を取られてしまった要因らしい。
「繋がっていますから、大丈夫です。」
何度も繰り返し説明されたとのことなので、これで大丈夫だろう。
翌日、一応大変な書類だったので、コピーを取ったのだが、この作業も面倒臭かった。一番多い枚数では、10枚になっている物もあった。電子化されているものは2割くらいで、その殆どが手書きのイメージのものだった。日本の戸籍制度は歴史があるんだな、なんて、思いながら、義父の唯一の遺品である、カラリオの複合機プリンターでコピーさせていただいた。コンビニでは、後ろを気にしなければならないので、面倒なことになっていただろう。この複合プリンターを、いただいておいてよかった。
昨日に登記の申請書を書く予定だったのだが、午前中に激しい腹痛を発症してから調子が悪くなり、パソコンに向かう力がなくなってしまった。
昨日オオタニサンと同じくらい、10時間ほど寝たら今日はバッチリで、これから書類を作ってみようと思っている。
ちなみに、こちらは評価額が1000万位のようで、この0.4%の費用がかかるらしく、約4万円で名義変更が叶うようだ。
これが恐らく、義父関係で最後の出費になるだろう。
義父が終わっても、こっちの我が家も順繰りで控えている。
歳を取れば取ったなりに、人生いろいろとあるものである。





