昨日は、地元駅始発の電車に乗って、東京の実家へ行ってきた。
母の介護、リハビリの状況について、老健施設の方々から状況を聞き、今後のことを考えるということが一つと、実際に母に会って今の母の状況を確認したいということがあった。
行きはすこぶる順調で、施設の約束が11時だったけれど、約束時間の前に到着することができた。
家族側からは私と父と姉と三人。老健施設側からも、担当の方とリハビリの方と栄養や健康、看護などを見て頂いている看護師の方と、三人の方から丁寧に説明をいただいた。
私が遠くから来るというので、かなり気を遣ってセッティングしていただいたというような感じだった。
話によると、母は生活の意欲があまり見られないようで、単純な会話は成立するものの、いろいろと考えたりすることが難しくなってきているとのこと。
股関節の術後の経過は順調で、普通にしているなら痛みはなく、一応まだ痛み止めを飲んでいるとのこと。
リハビリは歩行器につかまって歩くことができるようにはなっているけれど、まだ、階段を上り下りするような所までは来ていないらしい。
そして、足にむくみが出てしまい、体重が5キロ増えているので、この薬も服用していると教えてくれた。
私たち家族も、母の性格やこれまでの事などを話し、この先の状況を見ながら今後のことを考えていくようにしましょう、という感じで話をした。
その後母が車いすに乗って部屋にやってきた。
歩行器を使って、それなりの距離を歩くところを見せてくれたが、姉は意外にできているじゃない、という感じで喜んでいた。
母は一番親しくしていた母の姉が、先日96歳でなくなってしまったので、この事にかなりショックを受け、次は私なので、もうどうでもいいという感じになっている。
重ねて、父の態度や言葉にも長年苦しめられてきており、この事もきちんと話をして、父に横柄な態度を取ったり、大きな声で威嚇するような喋り方を今後は辞めるようにと諭した。父は呆然としていたが、何となく自分が悪かったことを自覚したようだ。
施設を出てタクシーで実家に帰り、昼食。私が近くのコンビニまで行って買い出しをしてきた。
こんな風に家族でご飯を食べるのは、数十年ぶりだろう。
その後、今の墓の事や、今後のことなどを話し、私は新幹線の時間が迫っていたので、実家をあとにした。
昨日はご存じの通り、新幹線で人身事故があり、東京駅は大混雑。
テレビのニュースで見る度に大変だなと思っていたが、まさか自分がこれに巻き込まれるとは、である。
駅の中にはタブレットを持って腕章をつけた職員の方が沢山いて、乗客の問い合わせに対応している。
私もきっぷを見ながら聞いてみると、私の乗る予定のはやぶさは、運休にはなっておらず、おそらく40分程度の遅れで運行されるだろうとのこと。
運休になってしまったら大変だったが、まずは一安心だった。
時間を潰していると、私の乗る予定のはやぶさは20分程遅れてホームに到着し、40分ほど遅れて東京駅を出発した。
少し遅れてしまったが、地元駅ではカミサンが迎えに来てくれていて、無事に家に辿り着くことができた。
いろいろな事が満載の一日で、家に帰るとドッと疲れてしまった。
この調子では、来月もどこかで行かねばならないだろう。今週には父親の介護判定も出るので、これらも詰めて行かねばならない。
いろいろと忙しいけれど、いつかは楽しく旅行などができる日が来るのだろうか。
とにかく毎日を生きていくしかない。





