父と母が介護状態になって久しい。
毎年東京へ帰省していたけれど、今年は行かない、と、先日の日記でもお伝えした通り。
男は介護などでパートナーと離れ離れになると、妻のことが恋しくなり、悲しむのだという。
一方で女性は、ダンナがいなくなると喜び、一瞬でその存在を忘れる。
わかるような気がする。
我が家の実家の場合は、どちらも既に忘れているようで、母のこと、父のことを聞かれることは全くない。
母はもう、私の事も姉のことも、もちろん先日行った妻の事もわからずに、ただひたすら昔のことを思い出して喋っている。
文京区小石川での生活、とうちゃんのこと、昔勤めていたパートの仕事のこと、などなど。
父も父でマイペースだ。直近では電子レンジが壊れてもいないのに「壊れている」といい、もう10時間も物を食べていない、などと私たちを困らせた。もちろん電子レンジは壊れていないし、食べ物はすぐ近くのローソンに買いに行けばいくらでもあるはずなのに、そのような行動を考えることができずに、すぐに被害を訴えてくる。
母は特別養護老人ホームに入っているのでまだいい。問題は父である。
父は完全介護ではなく、一応建前上は自宅に戻りましょうね、というコンセプトの、小規模多機能型居住介護事業所という所に入っている。
週に何日かは泊まりがあり、毎朝様子を見に家まで来てくれる。週に何日かはデイサービスに行き、夕食まで済ませて家まで送り届けてくれる、という生活。
何日かは家で寝ることになるのだが、その数日が問題で、姉と私は今でもストレスにさらされている。
見かねたケアマネさんが、つい先日、電話は着信拒否にしてもいいですよ、なんて言ってくれたみたいなのだが、それはそれで人道的にどうなのかなということもあり、今は私のスマホだけには繋がるようにしている。もちろん最優先は施設であり、施設の職員さんのスマホであり、なのだが、それをかいくぐって私に電話をかけてくるので、始末が悪い。
私と姉は、父から放任で育てられた。いや、育てられたというような感覚はない。今の時代のような濃い親子関係などはなく、父は自分の兄妹や知人などに「子供は放っておけば育つ」などという持論を、私たちのいる前でも平気で披露していたような人だ。
私は今までそれほど感じてはいなかったが、今になって姉と密に話してみると、姉はこの事に対してとても憤っており、根強い恨みを持っていることがわかった。
現に彼女は子供を一人産み、中央大学の経済学部を卒業させ、きちんと育て上げている。1,000万円かかったとも言っている。
これに対して我が家は何につけても「金がない」と言われ、小学生の時にギターを買ってくれと言っても、ピアノを習いたいと言っても拒否され続けてきた。もちろん大学なんかに行けるなんて思ってもいなかったので、高校を卒業して就職した。姉はこの事に対しても、とても恨みを持っているようで、嬉しいことに「博は大学に行かせるべきだった」などと言ってくれたことが何度かあった。側で見ていた唯一の人なので、この発言にはそれなりの理由があるのだろうなんて思うと、ちょっと小っ恥ずかしいというか、嬉しいというか、複雑な心境になる。
姉は今、父と話すことを極端に嫌がり、着信拒否をしている。父は姉と話がしたい時は私に電話をしてきて、「〇〇から電話欲しいんだけどな」などと言う。私が姉にその旨を伝えても、姉は絶対に電話しないようだ。それほどまでに頭に来ている。
もちろん姉は、子供としてやることはきちんとやっている。介護施設との打ち合わせや病院への付き添い、和民の宅食さんとの打ち合わせ、その他諸々父のことは姉がきちんと手続きをしてくれている。私としてはとても助かっている。
つい最近は、父の僅かな遺産を管理するために、公証役場とやり取りをして、公正証書遺言も作成してくれた。嫌いな父を連れ回しての手続きは大変だったことが想像されるが、これも父の周囲に見え隠れする親戚から私たちを守るために、である。
父は口が軽く、いつも喋っている。かつては富士山の麓にいた中国人の観光客に対して、写真を撮ってあげましょうか、なんて言っていた事もある。介護施設内では、「二人のことは施設の人達はみんな知っている」なんて、これまた自分は迷惑かけてばかりなのに、私たちの事を自慢したりしているようなので、これもまた腹が立つ。
私は妻側の事情も経験してきているので、少しだけ広い視野があるかもしれないところで言わせてもらえれば、唯一の子供孝行は脳みそがちょっとアレでも、身体自体は何とか丈夫で居てくれることだろうか。こちらの義父は骨折で寝たきり、糖尿病、腎機能低下など、脳以外は悪いところだらけだったから。
あと30年もすると、私たちもあのようになるのか、なんて考えることもある。妻は私たちもあと10年だ、などと言っている。希望としては無駄な税金にお世話になることなく、適当な所で安楽死させて欲しいのだが、こんな法律を作ることはできないのだろうか、などと、本気で考えている。





