失業して、いろいろとやることがあった。
親の介護がまず第一。そしてハローワークとのやり取り、ランクルの車検整備、家の修理、スマホと光電話の入れ替え、スタッドレスタイヤへの交換2台、水道管修理、義父の荷物の整理、庭の手入れ、歯医者通い、カミサンとの大喧嘩、仲直りして旅行、健康診断、眼科の精密検査、最近はメモするようになったので書けるのだけれど、9月辺りのことはもう、忘れてしまっている。いろいろとあった。
まだやろうと思えば部屋のガラクタの整理とか、コンテナ倉庫にある物を処分するとか、実家の天袋などにあるトレーニング用具やHOゲージの鉄道模型セット、ダブルラジカセとレコードも聴くことができる一体型のWaoとかいうでっかいレコードラジカセ、そんな物が実家にあるので持ってこなければとは思いつつ、義父の部屋が片付いて一件落着したのか、やる気が起きない。総額60万円の英会話教材を再生するために買わされた、パイオニアのレーザーディスクだけは、いつか処分した。もったいなかった。
ここ最近はYouTubeばかり見てしまい、夜あまり眠れなくなるという状況に陥っている。人の趣向だからどうでもいいとは思うけれど、戦争とかアメリカとか旧ソビエトの放射能汚染の国家機密事項とか原子力潜水艦とか、2000億円するステルスの戦闘機とか、大きな船とか重機の事故とか飛行機の事故とか、そんなものばかり見てしまっているので、どうやら脳みそが驚いているようなのだ。
いい加減、YouTubeやSNSは人間にとって良くないというか、人間本来の素晴らしい力を吸い取ってしまうものだと私は思っているので、これらに費やす勿体ない時間を徐々に削減し、このように本来あるべき所へ貴重な資源を費やそうと思い、こうして再びのペースになるかはどうかはわからないけれど、書き始めている。
私たちは日本人で、美しい日本語を読んだり書いたりすることができる。素敵なことを考えることもできる。AIもできるにはできるとは思うのだが、それを最大限引き出すには、やはり人間の力が必要だ。
最近は時間ができたので、その昔よく読んでいた向田邦子女史の随筆を手にとって読んでいる。女性だからだろうか、ファッションや食べ物、犬やねこなどの動物、裁縫や料理や家族のこと、終戦後あたりの東京の生活などもよく書かれており、やはり面白い。
かつてはどこの家でも新聞を取っていたし、そば屋の出前なんかもよく取っていたし、電話をすれば家族に丸聞こえだったし、いろいろな所へ電話したしと、こんな風に生活が変わってしまったんだな、と、一昔の生活を思い起こしたりして、一人で楽しんでいる。
YouTubeに何時間も時間を取られた後よりも、こうしてこれを一つ書いた後の方が、数倍心と身体と精神が安定しているのだ。
もう、カウントダウンは始まっているのかもしれない。
がんばらなきゃ、なのである。





