義父の部屋を片付けて、家の中に静かな余白ができた話

 先日、義父の部屋を片付けることができた。

 かつて応接間だった部屋は定年後の義父のくつろぎの場となってしまい、寝る以外、義父はここに住み着いていた。

 町内会の幹事をしていた事もあり、部屋には書類やら何やらが溜まり、それに加えて最期にお世話になった施設にあった物なども加わり、巨大なゴミ箱と化していた。

 ここへ来てようやく重い腰が上がり、不用品を回収する業者さんにお願いすることができた。

 この業者さんの選定は上手く行った。相場がまったくわからないので、ぼったくられないかどうかの不安があった。ちょっと前の墓じまいでは安易に「なんでも屋」に頼んで大失敗をしたので、かなり警戒しながら業者に連絡連絡をした。

 口コミはよかったので、そんなには悪くないだろうとは思っていた。私の意地悪な想像を覆し、そこはやはりの口コミ通り、誠実な電話対応で、電話対応でこんなにも感じが違うのだな、と、改めて思った。

 見積もりには時間通りに来てくれ、その金額も良心的な物だった。全く想像が付かなかったのだが、1.5トントラック1台と軽自動車1台と仕分け作業とで、かろうじての6桁。最悪の想像値の半分位だったので、安心して任せることにした。

 当日も作業はスムーズで、午前中に全てが搬出され、11時半には作業が完了した。

 おそらく12畳くらいはあろう、大きなスペースが出現。

 カリモクの家具だけは、カミサンとも相談して、残すことに。

 この中で歌を歌うと、とても響く。

 ガラス戸の向こうには自慢の庭が見え、その奥には我が愛車のランクルヨンマルが見える。我が家で一番いい場所なのだ。

 先日実家へ帰ったところ、以前父と母と姉と4人で住んでいたにも関わらず、今になってみると狭いなと感じてしまった。この一軒家に身体が慣れてしまったのかもしれない。

 産まれてから東京の世田ヶ谷で10年、日野で20年暮らした。その後は屋久島に行ったり帰ったり紆余曲折あったが、今の仙台はかれこれ25年になる。一番長くなった。

 この時期灯油代も高く、また、今は驚いたことに近くの川に熊が来ているらしいのだが、ここはとても暮らしやすい。

 お金はないけれど、何とか住む家だけはある。

 私たちには子供もいないので、将来を考えるといろいろな不安はあるのだけれど、とにかく暮らしていくしかないよな、なんて最近は思っている。