かつてお世話になっていた、油を扱う運送会社に面接に行った。
忙しい中、何とか力を振り絞って履歴書を書き、必要書類を揃えて向かった。仕事は何とか調整した。
かつての上司はいなかったが、まだ、かつて一緒に仕事をしていた同僚は、何人も在籍しているという。それだけ居心地のいい会社なのだろう。
人との印象はとても大事である。
先方は、人に対する主観のズレを防止する観点から、二人で私と相対した。さすがに大きな会社は違う。
そして面接。
状況はいいかと思いきや、少し考えなければならない部分があった。
その会社の定年は65で、希望すれば契約社員で70まで働くことができるのだが、私の採用条件は社員ではなく契約社員だった。ボーナスはなく、時給1200円だという。どうして社員で採用にならないのかは、会社の方針とのことだった。
また、私はかつて家での仕事を今でも引きずっており、個人事業主で、毎年青色申告をして経費を落としている。
この会社は副業禁止で、私のようなケースも認められないという。
時給1200円、個人事業主を辞めねばならない、そして薄い仕事。
ここへ来る前にかつての同僚に電話してみたのだが、彼は少ないときで手取り17万位だけれど、毎日早く上がれるし、好きなときに休めるし、ボーナスはこの夏でも18万出たとのこと。
この電話に気をよくして今回の面接を決意したのだが、現実は甘くなかった。
書類を東京の本社に回して審査し、後ほどご連絡します、とのことだった。
翌日、私は気になったので、自分の個人事業の事を再び説明し、確認した。
私は今までにも何度か転職を考え、様々な会社とコンタクトを取ってきた。
例えばバスの会社などは、何があろうとも副業は禁止であり、私のようなケースでも認められないと断られた。
一方で、柔軟な姿勢を見せてくれた会社もある。
東京が本社のとあるタクシー会社は、私のような状況をこのように理解してくれた。
「うちの会社の周囲はご存じだと思いますが、代々続く農家が多い穀倉地帯で、農家の方々が多くいらっしゃいます。会社の就業規則は原則的には副業禁止ですが、これは机上で上層部が決めた、あくまでもの規則と捉えています。農家の方々のような半農半就労のような形は今後の労働者不足の懸念からも、当事業所では特別に認めています。ひろしさんのお話をお伺いするに、その規模や内容はこちらの方々と同様だと解釈できますので、問題ないですよ。是非ご検討をお願いいたします」
これはとても嬉しかったのだが、私はタクシーの運転手としての仕事は難しいかなと思われたので、その後は連絡ができていないのだが、大いに参考になる情報だった。
翌日、ダメ元で、面接に行った会社に電話をし、この事を話した。
「会社の規則での副業禁止は仕方がないと思います。しかし一方で、同じ副業禁止を掲げている会社でも、このような柔軟な解釈をしてくれる会社もあったんですよ。私は現在副業の活動はしていませんし、ただ、経費を青色申告で落としたいだけなんです。今、どこの運送会社も労働者不足で苦しんでいますよね。この問題を何とか前に進めて行かないと、最終的には会社が潰れてしまいますよね。私のような状況で、運転手になろうと少しだけでも考えていて、実際の第一歩を踏み出せないでいる人が、世の中には五万といると思うんですよ。今回、私が申し上げたような解釈をいただけるなら、貴社もこの問題解決に一歩踏み出すことができると思うんです。壮大な事を言っているのかもしれませんが、会社のもう一つの判断としてご検討をお願いしたいと思います。課長がそのように判断されるのは一事業所の責任者の判断としては当然だと思います。でも、問題はこの限りではありません。上層部に上げていただき、その上でのお返事を私に下さい。どなたにお伝えいただき、どなたがジャッジ、判断されたのか、社長なのか部長なのか次長なのか、具体的な所属とお名前を私に教えて下さい。ここまでしても私の意見が否定されるようであれば、私は諦めがつきます」
電話口での課長の対応は、あまりいいものではなかった。相槌に前向きさを感じることはなかった。壮大なことを言っているとは思いますが、のあたりの最後の方では、笑い飛ばされているような感触さえ覚えたが、課長クラスの判断としては当然だと思う。ここまで言ってダメなら、それは仕方がないと諦めるしかない。
翌日はやっぱり応募を辞めようと思ったり、昨日は妻にこの会社に行きなよ、と言われたり、未だに私の心の中は二転三転している。
でも、妻の同僚曰く、60代はあっちこっちに出かけていたけれど、70代になると、何の気力もなくなっちゃう、とのことなのだ。
会社の判断待ちではあるけれど、人生の大きな転機であることには間違いない。
この先の判断など、こちらでお伝えしていきたいと思います。





