今年の正月は、三年ぶりに実家に帰省した。
私一人なら下道の国道をひたすら走るのだが、今回は久しぶりにカミサンが一緒なので、全線高速、業界で言うところの全高で東京に向かった。
三年ぶりなので、いろいろと変化がある。
途中、羽生のサービスエリアに立ち寄ったのだが、施設全体が100年以上前の日本のテーマパークのような施設に建て替えられており、サービスエリアも進化しているなとびっくりした。
たい焼きの中に焼きそばが入っている食べ物がとても美味しそうだったので、これをカミサンと一緒に食べて東京に向かった。
途中で外環道に逸れれば、首都高の中も通ることなく、比較的簡単に目的地に到着できるのだが、やはりカミサンがいるので、運転手の端くれとして、ここは彼女に少しでも喜んでもらうべく、敢えて首都高の中、ライトアップされた東京スカイツリーを見ながら銀座や箱崎を通って行こうと思い、久しぶりに首都高速を走った。
カミサンは東京スカイツリーの動画が綺麗に撮れたと喜んでくれた。
松任谷由実の歌、中央フリーウェイの歌詞に出てくる、右には競馬場、左にビール工場は本当にあるのか?なんて質問を知恵袋で見たことがあるが、これは今でもある。私は地元なので何とも思わなかったのだが、地方にお住まいに方にはやはり不思議なのだろう。
両親は間もなく90が見えてくる歳になっており、かなり弱っているが、二人で行政の世話になることもなく、つえもつかず、何とか暮らしてくれている。実家は公団住宅の二階なので、やはり昔から足を使っているからなのか、東京の高齢者は地方の人に比べると、足腰が丈夫なような気がする。
正月を迎えて、買い物にでも行こうと思って調べてみると、東京の大手スーパー、サミットやいなげやなどは、正月三が日が休みになっている。仙台などのスーパーでは正月も何もなく、元旦から仕事で、二日からは初売りで大変なのに、これは画期的だなと思った。
しかし、買い物ができないなと思いながら、百草園という地区をうろうろしていると、かつてステーキ屋さんフォルクスの跡地にドラッグストアができており、ここが何と24時間、大晦日も元旦も休みなしで営業しており、入ってみるとパンや食品などの品揃えもかなり充実しており、とても助かった。
「やっぱりさ、休む所があれば、いつも買えるところで買えなくなっちゃうから買いたい人が出てきてチャンスなんだよ。働いている人は大変だけどね」
買い物ができる嬉しさのあまりなのか、カミサンが何やらにわかマーケッターのような台詞を口にしていた。
本当に、今時のドラッグストアの品揃えはすごい。仏具や車のヘッドライトのくすみを取るのに使っている「ピカール」が何故だか売っており、私はこれが突然欲しくなってカゴに入れた。最近好きになった韓国のゆず茶も売っていたので、これもついでに買った。
2日にはホームセンターも開いたので、こちらでも親が要望しているものを買い求めた。また、電話機が調子悪くなっていたので、これをAmazonで注文し、私達がいる間に取り付けできるように段取りをした。
正月でも予定通りAmazonの荷物が届き、電話を取り付け、子機を父親の部屋に設置し、使い方の説明をした。なかなかどうして、このような説明をしても、かつての黒電話の世代、既に携帯電話の使用を拒否した父親には使い方が難しいらしく、説明には私も苦労した。
また、行きつけの電気屋から買い求めた、ダイソンの高級暖房器具の使い方、リモコンの操作の仕方がわからないとのことだったので、これも教えたのだが、一度では理解ができないようで、わからなくなったらいつでも電話してくれと言って、とりあえず、教えてきた。
何とか二人で暮らしてくれているが、やはり父親が歳と共に横柄な態度や言葉が多くなってきているようで、母はとても苦労しているようだった。私達が帰ってしまうことがわかると、泣き出してしまった。父の横柄な態度に原因があるようで、これをやめるように私とカミサンとで父を説得したのだが、今まで生きてきて母がこんな風になってしまったのははじめて見たので、私もカミサンも考えさせられた。
今回、電話機の子機は父親の部屋に設置したのだが、母専用の物をもう一つ買って、設置してあげようかと思っている。
家に戻ってからは、オヤジから毎日、ダイソンの暖房器具のリモコンの使い方について電話が来るようになってしまったが、これもそれなりに元気でいる証拠だということで、私も感情的になることなく、適当に対応していかなければと思っている。
今年もいろいろとありそうな気がしているが、何とか元気に頑張って行こうと思っている。