「今日はね、マツキヨで特売やってたから、沢山買ってきたよ」
カミサンが嬉しそうに言う。
カミサンは買い物好きで、毎日パートの仕事が終わると、スーパーに行ったりドラッグストアに行ったりして、買い物をしてきてくれる。Amazonが台頭してきてはいるものの、やはり路面店はそれなりの魅力的があるようだ。
「こんなのも特売でさ、ついつい買ってきちゃった」
何やら今日はいろいろと買ってきたようで、カミサンもご機嫌だ。あれを買ったとかこれが安かったとか、毎日の会話なので私は相槌をうちながら聞いてあげていたが、今日は何だか少し様子が違う。
カミサンが見せてくれたのは、「ポリデント」入れ歯洗浄剤だった。
ポリデントだけではない。入れ歯を洗う洗剤のようなものをいろいろと買ってきて、ネズミを捕まえた猫の如く、私の前に出して説明をはじめた。
そういえば、カミサンは今日、歯医者で作ってもらった産まれて初めての部分入れ歯を装着したのだった。いつもなら15時の予約なのが、珍しく今日は先客がいたので、15時30分になっちゃったよ、とか言っていたのを思い出した。どうやら、この30分を利用して、ドラッグストアの特売に行ってきたらしい。
「入れ歯は、本物の歯の三分の一位しか噛めないんだって」
「何年も持たないらしいよ」
「しつこく高いの勧められたけど、これでよかったよ、やっぱり」
「案外違和感ないみたい」
「飲み込まないように気を付けないと」
「大根の漬け物やスルメイカは噛み切れないんだって」
あれやこれやの商品を手に取りながら、カミサンが入れ歯の何たるかを説明してくれた。
「こんなのももらったよ。ほら、名前書いてくれたの。かわいいでしょ」
入れ歯は寝る前に毎晩取り外して洗い、専用の箱に収納するらしいのだが、カミサンが見せてくれたのは、その入れ歯収納ケースである。
手のひらに乗る位の樹脂製の白い箱に、カミサンの名前と歯科医院の名前が貼り付けられている。こんなのも正規品を買えばそれなりの値段がするらしく、カミサンはとても喜んでいた。
その後もカミサンは、しばらくの間、Amazonで入れ歯グッズを見ていたようで、面白いものを発見したのか、私に報告があった。
「見て、かわいい入れ歯入れ、だって。いくつになってもカワイイは必須なのね…」
入れ歯といえば、じいさんばあさんの物だという認識だったが、もうすでに私たちもじいさんばあさんになりつつある現実を感じるとともに、病気から立ち直ったカミサンに、もう一つ「入れ歯グッズ収集」なる楽しみができてよかったなと思い、複雑な心境になるのであった。