介護施設

 リハビリと腹膜透析を行う病院への転院は、なかなか難しいようだった。

 正式にお願いしてから数日が経過しても、今いる病院の退院支援の看護師さんから連絡はない。

 私は並行して、義父の終の棲家を探していた。

 仕事の待機時間を利用して、サイトを見たり、可能性がありそうな施設には電話をかけ、腹膜透析とリハビリが必要な義父が入所できるかどうか、予算内で費用が収まるかどうかを確認した。介護施設をいくつも見ていく中で、自分なりにいろいろな事がわかってきた。

 これは当事者にならなければ、おそらくわからない事だと思う。考えに考えて、ようやくわかってくるような事実だ。

 例えば、義父は今現在要介護2である。要介護2の場合は、介護保険を利用すると、197,050円の範囲でサービスを受けることができる。これが要介護3になると、270,480円になる。要介護4なら309,380円、介護度の中で最も重度な状態である要介護5なら362,170円。

 彼は元公務員で、それなりの年金所得がある。彼の場合はこの額のおおよそ2割を自己負担する。

 この数字を深読みしてみる。要介護2と要介護3の支給限度額の間には、かなりの差があることがおわかりいただけると思う。裏を返して介護施設の側から見るなら、要介護2の要介護者よりも、要介護3の要介護者を受け入れた方が、同じ人員配置でも売り上げが上がるということだ。

 さまざまなキーワードで検索をすると、今の検索エンジンの仕組みでは、介護施設のまとめのサイトのようなものが上位に表示される。実際に私もこちらのサイトから情報を得て、検索をしていた。

 実際の今の義父の状態は、おそらく要介護2ではなく、要介護3か4に該当すると思う。しかし今の書類上の状態は要介護2なので、これをどうすればいいのかを考えねばならなかった。

 このようなことは、本来ならケアマネージャー、ケアマネ、あるいは病院の専門の看護師さんに相談するべきことなのはわかっている。しかし今回、「転院先は自分の所属する関連会社の医療施設にしましょうね、私に任せて下さい」と、転院先の確約を得ていたケアマネージャーから、「私はあくまでも在宅のケアマネで、病院に入った時点で義父様のケアマネではないんですよ。お金ももらっていません」などと突然言われ、病院側の退院支援担当看護師さんから、「転院を希望されていた●●病院から、転院を断られました」などという、考えられない状況になってしまったので、途方に暮れていた。

 かといって、転院をお願いした病院の看護師さんに、いつ転院になるのかもわからない中、要介護度を見直す依頼を出すのも気が引けた。

 私はネットで調べて区役所のホームページから書類をダウンロードし、書ける範囲で中身を書き込み、平日休みになった日にでも、区役所の窓口に提出しようと思っていた。

 正式な方法なら、24時間看護師さんが常駐しているナーシングホームという名称の施設に入るという選択肢になる。しかし、そこを探して電話をしてみたものの、要介護が2で、今の状態だと入るのは難しい、今でも数人、入所待ちをしている、予算はオーバーになってしまう、という状態だった。仕方ない事だとはわかっているが、対応してくれた方の応対は、あまり心がこもっているとは言いがたい、機械的なものだった。

 次に探したのは、老人ホームに医療サービスが付随している施設だった。

 かなり値段は抑えることができるものの、義父の一番の問題である、腹膜透析に対応してもらえるかということになると、なかなか難しいという所が多かった。腹膜透析は数時間ごとにバッグを取り替える必要があるのだが、この行為は本来、本人か家族しかすることができないらしく、仮に介護施設に入って行うなら、看護師でなければ扱うことができない、介護士ではできない、と決まっているらしいのだ。

 老人ホームに医療サービスが付随している施設にいくつか電話をしてみたが、どこも同じような返事だった。こちらを気遣う感じはあまりなく、電話越しの声は冷たいものに感じられた。

 目星をつけ、可能性のあるだろうところを選んで電話をする、そんな事を繰り返す中で、一つ、とても感じのいい施設が見つかった。

 サイト上の表記はそれ程変わらなかったが、電話に出てくれた方の対応が、ここは少し違った。具体的には、腹膜透析という言葉を私が発しても、全く問題はないという感じで話をすすめてくれた。こちらの話すことをしっかりと聞いてくれ、繰り返し反復し、メモを取ってくれているのが電話越しでもわかった。以前のケアマネにケアマネらしからぬ言葉をかけられ困り果てていること、要介護の変更の仕組みも自分でやってみてはいるけれど、なかなかむずかしい事、現状、介護施設を見つけるなどという事がはじめての、介護素人の私が、専用のサイトなどを見ながらそれなりに何件も連絡しているにも関わらず、なかなかいい所がみつからないこと、などを話し、聞いてもらった。費用面など、具体的な事柄は、実際にお越しいただけたときにお話しさせていただいています、とのことだった。

 今すぐに、面談に行くような状況でもないと思い、一度電話を切ったが、感じのいい方だな、と思っていた。

 こちらのサイトの中に書かれている言葉を再び読み直していると、他の施設の文章からは感じられない、介護に対する熱意を感じることができた。

 看護師、ケアマネ、介護担当者が緊密に連絡を取り、こちらの状況に合わせて常に最良の介護サービスを提供できるようにしています。この先例えば脳梗塞などになってしまい、介護量が増えたとしても、追加費用はいただいていません。

 とか、

 こちらのサービスは、要介護3、要介護4、要介護5など、介護度の高い方を中心に、ご好評いただいております。

 とか、

 二つ目の方はやはり、要介護度が高い方を中心に受け入れをしている旨だとは思うのだが、当方も今の状況なら該当するかもしれないな、と思われたので、この辺りの文章も気になった。

 電話を切った後、やはり気になり、週末にお伺いしてお話することはできないかと聞いてみたところ、土曜日でも日曜日でも大丈夫とのことだったので、この前の土曜日にカミサンと二人でその施設に話を聞きに行ってきた。

 施設は築数年のほぼ新築で、とても綺麗だった。出迎えてくれた施設の方もとても親切で、専用の面談室のような所に案内された。

 施設長の女性は想像していた姿とは違い若く、聡明で、私が電話で受けた印象よりも、もっともっと素晴らしい方だった。こちらの必要事項をヒアリングし、自らでメモを取りながら話を進めてくれた。私たちの今までの状況や今現在困っていること、なかなか腹膜透析の患者を受けてもらえずに困っていること、かといってナーシングホームは予算が合わず、待機者も沢山いるようで、どうにもならないこと、その他、義父について困っていることについて、話すことができる全てを彼女に伝えた。

 私もカミサンも必死になり、私たちの現在の窮状を、彼女に伝えた。

 するとしばらくして、彼女が提案をしてくれた。

 「ここは、区分上ではサービス付き高齢者向け住宅で、要介護の低い方もいらっしゃいますが、もう一つ医療が必要な方向けのプランもあります。要腹膜透析の方はこちらでお受けできます」

 と言いながら、医療対応型プランが印刷されたA4の紙を、私たちに見せてくれた。

 とある施設に電話で聞いたところでは、腹膜透析はあくまでも医療行為になるので、看護師が常駐している施設のナーシングホームと呼ばれる施設で行うようになる。仮に高齢者向け住宅であれば、介護保険で一日に何度も訪問看護を呼んで行うこともできなくはないが、それは費用面からも現実的ではないと思う。という事を聞いていたので、この話は一瞬信じられなかった。

 そして気になる費用面では、この体制を敷いて入居者の募集を始めたのがごく最近とのことで、食費を中心として費用が若干割引になっている。更には、現在空き室があり、こちらが希望して審査に通れば、すぐにでも入居の手続きができるのだという。

 私たちは目を疑った。

 特にカミサンは、私と結婚して以来今まで、自分勝手な父との同居で、想像もできない程の大きなストレスを抱えて生きてきており、それが当たり前になってしまっている。数年前に子宮頸がん、脳梗塞、心房細動、うつ病、という、数々の大病を発症してしまったのも、カミサン曰く彼の存在が大きなストレスとしてあったからだと言っている。

 そして今回も、元ケアマネに、命に係わる大事な約束を果たしてもらうのを断られた挙句に「私は現在、あくまでも在宅のケアマネであって、病院に入院した時点でそちらのケアマネではありません。お金ももらっていません。」などと、追い詰められて突然攻撃的態度に出られてしまったこともあって、人に裏切られたり、騙されたりすることが常習化しており、喜びを感じることが出来ずになってしまっている。

「え、本当ですか?入れるんですか?」

 入れる、という信じがたい事実に加えて、費用までもが若干ではあるものの抑えられており、私たちは何度も、机の向こうに座っている施設長に、失礼だとは思いながらも問いただしてしまう。

「簡易的な審査がありますけど、形式的なものですから大丈夫ですよ。安心して下さい」

 彼女はそう言うと、温和な表情で私たちを安堵へと導いてくれた。

 義父が施設に入居する、ということはすなわち、私たちが夫婦が20年以上にわたって悩まされてきた義父に起因するストレスから、ほぼ永遠に開放されることを意味する。一度は大病をし、要介護3の酸素必須の状態でも、私たち夫婦のこの先の苦労も考えず、我を通して家に帰ってきた彼。そして今回も大腿骨を骨折しても私たちに助けを求めないばかりか、救急搬送され、透析をするようになって、ベッドからも起き上がれない、ほぼ寝たきりの状態であっても、自宅に戻って以前と同じ生活をすると言い張った彼。

 このようなストレスから、ようやく解放されようとしている。

 今日の朝は、今入院している病院に電話をして、転院の手配を中止してもらった。担当看護師のサブの方いわく、転院先の病院からは返事待ちでしたので大丈夫ですよ、と、おっしゃっていただいたので、おそらく転院も難しかったのだと思う。

 入居に関しての簡単な審査が行われるらしいが、義父は元公務員で家もありそれなりの年金をもらっているし、私もdocomoのゴールドカードを何とか作ることができたので、おそらく大丈夫だと思う。

 今週中にも、そちらの施設の方と、今入院している病院とで連絡を取り合ってもらい、新しいケアマネの元、義父の新しい生活に向けての段取りが始まる。

 くしくもこちらの地域も先日、桜が咲き始め、義父が施設に移動する頃には満開を迎える。

「どこまでも幸せだな、父は」

 桜の開花予想をテレビで見ながら、吐き捨てるようにカミサンが言った。

PS
成功のカギは、透析が要相談となっている何か所かに、実際に電話をして聞いてみた事です。余裕のある状態なら、資料請求してみるのもいいと思います。私は実際にこちらのサイト
を使いましたが、とても簡単に比較ができ、時間が節約できました。とてもわかりやすくて、検索もしやすく、お望みの施設を見つける早道だと思います。 ⇒ わかりやすくて、お望みの施設を見つけることができます