雨音に沈むふたりと洗濯物

 雨ばかり降っている。

 カミサンによれば、私が東京へ行ってからほぼ毎日、雨が降っているらしい。

 先日、私が車の整備をしたあたりだけ数日晴れたけれど、こちらの地域にしては今年は雨が多い。

 東京はもっと酷いらしく、今日で一ヶ月以上雨が観測され続けているとニュースで報道されていた。

 そんな中、昨日は一昨日のNHK仙台ローカルのテレビで、「明日は久しぶりにからっと晴れて、洗濯びよりがやってきます」と天気の予報が出た。

 昨日カミサンはそれを信じて、洗濯物を外へ出して勤務先へ向かった。私も乾くから彼女の負担にはならないだろうと、トレーナーとズボンと枕カバーを洗濯に出した。

 しかし天気予報は大外れ。雨こそ降らなかったものの、洗濯びよりにはほど遠い、どんよりと曇った一日だった。当然洗濯物はカラっとは乾かず、カミサンの機嫌が途端に悪くなった。

 カミサンは「信じられない、酷い、あんなに晴れるって言っていたのに天気予報が外れた」などとブツブツ、愚痴だか文句だかを言い始め、ぷんぷんと怒っている。

 その中で私の洗濯物に言及し、「昨日も洗ったのにまた出して…」などと文句を言った。

 私は彼女が汗をかいた服を着ていると「臭い」などと文句を言うので彼女の為を思って洗濯に出しているのに、わかっていないようだった。また、天気が悪いとの予報ならこのように洗濯物は出さないように気を遣っているつもりだ。しかし昨日はNHKの天気予報が「からっと秋晴れです。久しぶりの洗濯びよりです」と言っていたのだ。だから洗濯物を出した。臭いと言われないように。

 私はこの一言が頭に来た。

 言葉に出すと戦闘が始まってしまうので、我慢した。

 しかし私も彼女ももう若くない。若くないと言うのはいろいろな所に出てくるもので、このようなパートナーに対する我慢も以前のようには上手にできなくなってくる。特に仕事などで疲れているとそれは如実かもしれない。

 二人はこれ以降険悪な雰囲気となり、口も殆ど利かなくなり、夕方から夜の時間を過ごすことになった。完全に離れるのではなく、機嫌が悪くなった二人が何もしゃべらずに時間を過ごす、という感じだ。

 食事中は何も喋らない、いつもはぺらぺらと喋り出すようなテレビの場面になっても口は開かない、挨拶をしても一応返事は返ってくるが全く気持ちが入っておらず適当…

 翌朝は彼女に会うことなく家を出て仕事をし、帰宅する。帰りは私の方が早かったので彼女が車庫に到着したのを見計らって荷物を持つために迎えに行く。

 状況が酷いと、ここでも無視されるのだが、今回は軽めだったのでそんなことはなく、すっかり元に戻っていた。

 彼女は一言、昨日の私に対して、昨日はお疲れのようだったので…などと言ったが、確かにそれもあったかもしれない。

 彼女も私も還暦を過ぎたがもちろん働いている。この仕事に行く、という行為は、多分にストレスをリセットする効果があると思っている。

 彼女は仕事があるからこそ、化粧をし、髪に気を遣い、そこそこ自由に買い物をして返ってくることができる。

 この先年金暮らしになってしまったならどうなるのだろう。

 そんなことを考えるよりも、一日も長く働けるよう、気持ちと体調を整えることを考えた方がいいのだろうか。

 でも現実として、実際問題その時は必ずやってくる。私たちには子どももいないので、自分たちでどうにかしなければならない。しかし私たちは富裕層とはかけ離れており、施設に入ることなどあり得ない。

 何とか70まで働くことができれば年金が20万とかの試算もあるのだが、今の臨時的任用職員であと10年、70まで働ける保証などどこにもない。

 私たちは家があることだけがアドバンテージかもしれないが、これも税金や修理のリスクを考えるなら、それ程でもないような気もしている。

 話を広げるなら、私たちでさえもこうなのだから、この先の日本は大変なことになると思う。

 根本的に何かをどうにかしなければ、この国は潰れてしまうのではないかなどと、こんな私一人が声を上げたところでどうにもならないのはわかっているけれど、不安になってしまうのは私だけではないはずだ。

 テレビで90を越えても現役のボディービルダーが放映されていた。

 私もあそこまでになることができればいいなと一瞬思ったが、今から施設に入りたいなどと思っている私には、まず無理だろうなと思った。