20年ぶりの再会: 東京からの帰郷と懐かしの同窓会

 無事に東京から帰ってきた。

 行きは夜から朝にかけてのトラック時間だったからか、夜の9時に家を出て、朝は5時半位に着いた。

 帰りは三連休の最終日なので混んでるかなと思い、朝の8時半位に出発したのだけれど、行きのようには上手く行かず、途中で何度かトイレの休憩をして、着いたのは夜の7時になってしまった。

 地元の旧友は元々おしゃれで、働いているのもおしゃれ関係の業界なので、家もどのような家なのかと興味津々だったが、もちろん某ブランドのおしゃれ系の家だった。車はとある外車のキャンピングカーで、これまた殆ど日本で見たことのない車種。車の中からはヨーロッパ系のおしゃれ犬が出てきた。

 今となってはどこまでも私と違うのだけれど、中学生の頃から一緒に遊んでいるので、根本的な部分はお互いにわかりきっており、会うのは20年ぶり位だったのに、そのような感じは全くせず、とても有意義で面白い話をすることができた。

 少し怖かったのは、今の時代の犯罪がすぐ近くまで及んでしまっているという事実を知ったこと。

 聞けば、彼の家の隣の方が、劇場型の詐欺に遭われてしまったらしい。また、彼自身も、ちょっと内容は書くことができないけれど、過去に大きな被害に遭ったことがあると教えてくれた。ちなみに、彼には何の落ち度もない犯罪形態だ。

 数年して法律も整備されたのか、被害が補填されたらしいのだけど、都会住みであるがゆえの、聞くだけでもちょっと怖くて気持ちの悪い犯罪の形だった。ちなみに彼の身体には何の被害も及んでおらず、ターゲットとなってしまったのは、彼の銀行口座に入っているお金だった。推理小説が一本書けるような内容である。

 翌日の高校の方は、相変わらず盛大だった。

 私たちの学年は8クラスあったのだけれど、その中から約110人程が参加。

 高校は少し前に、新しい校舎に建て直しされた。ちなみに都立高校である。

 希望者を募り、はじめにその新しい校舎への見学会があった。今の教頭先生が、休校日であったにもかかわらず、新しく建てられた校舎の中を案内をしてくれた。

 年頃の娘を持つ友人に聞くと、この高校、今はとても人気があるらしい。

 中を見学するにつれて、これは人気が出るはずだと納得した。

 かつての校舎のイメージは全くなく、コンクリート打ちっ放しを基調とした、穏やかなイメージが全体を被っていた。聞くところによると、ゆくゆくは老人ホームなどへの転用も視野に入れているとかいないとか。

 高校もこんなになったのか、という感じだった。

 最寄り駅は京王線の仙川という駅なのだけれど、ここを歩いて帰るときに、やけに人が歩いているなと思った。

 私なんかは既に人混みとはかけ離れた生活になっているので、それを特に感じた。

 友人達と店を見ながらよろよろと歩いていると、その横をベビーカーを押したママが通り過ぎて行ったり、若者同士の組がとても多いなと思った。

 かつての下北沢のような感じで、この街は盛り上がっているのだという。これも私たちの時代とは違う感じだった。

 同窓会の会場は、最寄りの駅、仙川駅の目の前。

 100人以上入ることのできる場所はここしかないというお店に、会場が用意されていた。同級生が幹事をしてくれているのだが、これは本当に感謝しかない。

 お金を集めて計算をしたり、名札を配ったりと、結構大変な作業があるけれど、何度か繰り返しているうちに段取りも良くなり、幹事組が対応してくれている。

 会は今回も盛大に執り行われた。

 私たちの世代は、子供の進路や親の介護、自分自身のこれからや健康などを考えねばならない世代。これらの、ともすればネガティブな話題が多いかと思いきや、やはりここは同窓会。あの人はどうだとか、この人のあだ名の由来はこうなんだとか、誰と誰とは本当はこうだったとか、人についての話題が多かったような気がする。

 同じ場所で二次会も開催され、そこには70名程度が残った。

 最後は一本締めで、無事に終了した。

 その後、流れで三次会の居酒屋に行ったが、終電が近いのですぐに出てきて、帰路についた。最寄り駅からのバスがないので久しぶりにタクシーに乗り、生まれて初めてタクシー料金1300円也をSuicaで支払いをし、家に帰った。

 「何だよ、遅かったじゃないか!心配したんだぞ!!」

 夜の1時になろう頃、自宅に到着すると、オヤジに怒られた。

 俺も既にアラ還暦のじじいなのに、親子の縁はいつまでも続くのだと思った。