人生はわからない――回り道の先で見つけた天職

 今の職場で働くことができて、とてもよかったと思っている。

 当初は消費生活アドバイザーという資格を取って、消費生活センターで働く、消費生活相談員になる事を考えていた。

 というのは、この年齢になってしまうと求人は限られてしまい、賃金も最低賃金あたりのものが多かったから。それなら資格を取って差別化を図り、少しでも求人や賃金面で有利に事を進めようとの魂胆だった。

 仕事を辞めて一生懸命に勉強したが、第二次試験で不合格だった。

 今になって考えてみると、合格したとしても、消費生活相談員が勤まったかどうか、自信はなかった。元来営業は向いていないし、消費生活の相談という、難しい仕事をこなすことができたかどうか、疑わしい面もあった。

 ハローワークに相談していたので、不合格になってからも運転手にすぐ戻ることはなく、引き続き、ハローワークで求人を探した。運転手は最後の砦にとっておき、一度考えた行政職で何かないかなと、失業保険が切れるギリギリまで粘ってみようと考えた。

 今こうしておさらいをしてみると、私がこの活動をした時期がよかった。役所関係の仕事は、4月から3月で年度が組まれており、人が異動したり退職したりする。ということで、4月からの採用に向けて、早いものでは1月中、大抵は2月あたりに求人が出始める。

 そして、これが大きな特徴なのだけれど、行政職の求人は人気があるため、募集をかけると一気に求人が集まる。ということで、募集側では、募集期限終了を待たずに、数日で募集を打ち切るようなのだ。

 はじめ、私は労働基準監督署の求人を紹介された。窓口では判断せず、一日考えてから決めようと思った。一日考えてやってみようと決断し、次の日にハローワークに行ったのだが、既に求人は取り下げられてしまっていた。窓口で悲しんでも、どうにもならなかった。

 自衛隊の仕事もあった。大型車の運転や事務職の補助などの仕事だった。これは締め切りにはなっていないと思いきや、電話をかけて確認してみると、既に募集は終わっていた。

 農林水産省の事務の仕事もあった。これはハローワークから紹介状をもらったものの、よく見ると会計年度職員というもので、(というか殆どがこの形態の募集なのだが) 働くことのできる時間が制限されており、計算すると月に額面で16万程度にしかならない仕事だった。いくら何でも、これでは生活が出来ないと、これは自ら応募を取り下げた。

 ここまでで、私は行政職はもうダメだろうと思っていた。倍率も高いし、あまり働けないようだし、慣れない事務仕事で給料も安いとなれば、あまり魅力的ではないなと思い始めていて、失業保険の支給が切れたらトレーラーの運転手に戻ろうと思っていた。

 ハローワークの認定日の支給条件を稼ぐため、惰性で窓口に相談に行った。

 私の情報には消費生活相談員を目指していた、という情報があるようで、窓口の方は行政の仕事の一覧を打ち出してくれた。

「用務員さんなんかありますけどね…」

 その中で窓口の人が言ってくれた一言が、私の人生を開いてくれた。

 気になったものの、一度は窓口を離れ、ハローワークを出て、駅に向かってしまった。

 しかし、労働基準監督署の過去を思い出し、今応募しなければ、と思い、踵を返した。

 そこで今の職場の応募ができた。

 書類選考は何とか通った。

 面接では、消費生活アドバイザー受験時の面接の失敗を繰り返さないよう、最新の注意を払い、言葉を選び、対峙した。

 そして、選んでもらった。

 おそらく消費生活相談員は勤まらなかったと思う。不合格後、申し訳なかったので一応挨拶に行ったのだが、職場の空気は当然ながらそのようなものだった。

 労働基準監督署の応募で失敗していなければ、あの日、踵を返してハローワークに戻ることはしなかっただろう。

 先日給料をいただいたのだが、4月から働きはじめたにも関わらず、一か月分の給料を頂くことができた。交通費もしっかりといただくことができている。

 昨日は仕事で使う手袋や長靴などを購入していただいた。今までの職場では、制服から安全靴に至るまで、全て自分で負担していたので、これも信じられない状況なのである。

 契約的には半年で、それを延長していくようなのだが、身体さえ健康で、真面目に働くことができていれば、何年かは働くことができるような感じはしている。公務員の試験に合格したでもない、ずぶの素人がこのように公務員の肩書きをいただくということなので、これは仕方のない仕組みだと思っている。

 おはようございます、こんにちは、おつかれさまです、さようなら…

 人間的にはごく普通のあいさつが、ごくあたりまえに交わされている。

 いつもありがとうございます

 今日も、何度もこのように声をかけてもらった。

 今まで暮らしてきた業界とは全く違う世界がここにある。

 心と身体の健康を維持しながら、この先も取り組んでいきたいと思っている。