来週の月曜日は、墓じまいの「お骨上げ」を行う予定だった。
墓じまいはとんでもない値段だという先入観があったが故、私はインターネットの広告から業者を見つけ、格安で行ってもらう段取りをしていた。
その業者は専門ではなく、言うなら「なんでも屋」的な事業形態だったが、電話でのやり取りはそれなりに好感が持て、隣の県ではあったけれどきちんとやってくれそうだ、しかも格安で、という判断をし、私はこちらにお願いすることにしていた。
しかし、一週間前の夜、ラインで「作業ができない」との旨を伝えてきた。
しかも、本人ではなく、会社の営業兼業務をこなす総合職のような女性から。
そしてその内容の中には、現在本人と連絡が取れていない、などと記載され、彼女の電話番号が記載されていた。
私は早速彼女に電話した。
彼女の対応はビジネス的には完璧で、仕事ができそうな気配を感じたが、今回の問題は仕事のレベル云々で解決できる類いのものではなかった。
墓じまいを決断してから、寺とのやり取りは全てカミサンが行っていた。カミサンはこのような事がとても苦手だったが、自分の家のことだからと、力を振り絞って住職と対峙してくれていた。
嫌いな電話も何とかこなし、一生懸命に私にも説明してくれ、段取りに段取りを重ねた上で決まった日取りだった。
このラインが来た旨を知らせると、彼女は泣き崩れてしまった。
「もうだめ、後はお願い…」
しかし何という適当な仕事なのだろう。私は彼と話をする中でこの人を信じ、そして心配するカミサンを大丈夫だからと説得し、作業をお願いする事に決めた。
こうも簡単に裏切られるとは思ってもいなかった。
私とカミサンはしばらく呆然としていた。今までに経験したことのない何とも言えない空気が二人の中を流れる。
翌朝、私が住職と連絡を取り、事情を説明した。住職は事の経緯を理解してくれて、いつも出入りしている業者を紹介してくれた。地元のテレビでいつも宣伝が流れていて、誰もがその歌を歌えるような、有名な石材業者だった。
その一流の名前を聞いて、私は安心した。
ホームページを見たり、住職と話をする限り、それほど価格も変わらないようだった。私は何のために、この業者を選定してしまったのか、人として情けなくなった。
月曜日の「お骨上げ」は、一旦中止となり、新しくその地元業者がお寺に墓を見に行って見積もりをしてくれることになった。
今までは寺の住職とのやり取りが必要だったが、出入りの業者に任せたことで、この必要もなくなった。
今回こうして書いてしまえば簡単なことになってしまうが、一連の出来事は人生の中で何回もないような、とてもストレスフルなものだった。
義父関係のことを早く終わらせたいとの思いは変わらないものの、とりあえずはお寺に出入りしている石材店に一任したことで、少しだけ楽になった気がする。
これと並行して、自分の親の介護に関しても、いろいろな事が毎日ある。
自分勝手な、好き勝手な人生を送ってきてしまったツケが、こんなところで回ってきてしまったような気がしている。




