転倒と介護の現実――母の骨折疑惑と家族の対応

 夜、ベッドに横になった時、姉から電話がかかってきた。

 この時間の電話は、ろくなことがない。

 聞けば、老健施設にいる母が、少し歩けるようになったからと言って無理をし、部屋の中で転倒してしまったので、明日病院に搬送されるのだという。

 母は認知症が進んでいる事もあるのか、食事中に突然立ち上がって歩いたり、点滴を嫌がって外してしまったりするのだという。

 姉は昨日、洗濯物を届けに施設に行き、母と話をしてきているのだが、その際にも足が痛いと言い、ベッドの上で足を高い場所に載せていたのだという。

 そして、足は少し腫れているらしい。

 万が一、骨が折れていたらどうするのか、を考えると、不安になってしまうのだという。折れてしまっていたら、状況にもよるのだろうけれど、もう一度入院し手術をして骨をくっつけなければならない場合もあるかもしれない。

 正月明け、大腿骨を骨折し、ようやくここまで回復してきたのに、もったいない。

 母は気が強い所がある。パートで製造の仕事をしていた時なども、誰にも負けないわ、と言いながら、早く正確に仕事をこなしているのよ、と、自分で何度も言っていた。

 姉が想像するに、もう骨折なんて治ってしまったわ、ほら、こうして立ち上がって普通に歩くことができるようになったのよ、と言わんばかりに、意地を張るような状況になり、立ち上がったはいいものの、寄る年波には勝つことができず、結局転倒してしまった、ということらしい。

 困ったものだ。

 その日、姉は父を物忘れ外来に連れて行く予定があるので、行くことができない。幸いにも姉の一人息子である甥っ子が一緒に病院行きに立ち会ってくれるとのこと。助かった。

 当日は、甥の状況の報告で、頻繁に姉から連絡が来た。今、施設にいるらしい、病院についた。診察してもらっている…  そして、昼前に最後の連絡が来て、骨は折れていなかったので、施設に帰るよ、とのことだった。よかった。

 母は車いすなのに加え、甥は車を持っていないので、介護タクシーを使ったようで、それなりに費用がかかってしまったかもしれないけれど、これも仕方ない。介護にはお金がかかるとも言われているが、このように様々な状況で、いろいろな費用が発生する。私の家族が一応人並みに介護活動できているのは、両親が大病もせずに90近くまで生きてくれたからに他ならない。浪費癖もなく、全てをこのために貯蓄していてくれたからこそ、このような介護が出来るのである。

 一方のオヤジは物忘れ外来の診察をうけたが、やはり診察結果の確定には脳の状況を見る必要があるとのことで、MRIの予約と次の外来の予約を取って帰ってきたようだ。

 聞くところによると、物忘れ外来だからなのか、MRIは自宅まで迎えに来てくれるのだという。これもまた驚きだった。

 そんなこんなであれやこれやの状況が発生しながらも、何とか、かろうじて、それなりに行うことが出来ている親の介護。うちの場合は姉が仕事をしていないからこそ出来ているけれど、姉が未だに第一線で働いていたなら、到底不可能である。

 姉に感謝するとともに、この先は何とか落ち着いて欲しいものだと願うばかりである。