介護・仕事・資格勉強…極限状態でも前に進む私の日常

 同級生のグループLINEから、写真が送られてくる。

 ゴルフをしている写真、酒を飲んで美味しい食べ物を楽しんでいる写真、楽しそうにカラオケを歌っている写真、みんなで集まっている写真、などなどだ。

 私は親の介護がはじまったとき、このLINEを抜けようと思いその旨を伝えた。

 しかし、仲の良い男性友人に引き留められ、幽霊部員でいいからと、そのまま在籍することになった。

 私はと言えば、妻の子宮頸がんに始まり、同じく妻の脳梗塞、心房細動、退院して安心したのもつかの間、今度は義父の介護、病院や施設とのやり取り、施設に入ってしばらくは落ち着いていると思いきや、私が選んだ地元密着の思いやり溢れる施設は都市部の大きな資本に乗っ取られ、挙げ句の果てには義父がセクハラをし、脅しのような感じで、言葉は綺麗なものの、内容は、もうこれ以上看れないかもしれません、なんて事を言い始めて、そしたらちょうどいい具合に亡くなって、骨は松島湾ではなくて大阪湾に散骨したら墓にバレて、墓とのやり取りがあり、何とかストレスフルな状況を経て檀家を辞めることができて、その次には墓じまいを考えて、安いところをネットで探したらこれもかなり面倒くさいレベルでトラブって、結局は墓に出入りしている業者に頼んだらそれなりに高くて、やっと全てが終わったと思いきや再び、今度は自分の親が二人同時に介護状態になって、きつい仕事をしながら電話に出たり電話をしたり、毎月東京の実家に行ったり、何とか介護離職はなく、資金も一応親は貯めていたみたいなので、いいのはそれだけで、あとは散々な還暦前を過ごしているのが実情で、全くのマの字も、肉体的にも精神的にも余裕なんかないのである。
 
 でも、人間不思議なのは、こうなってしまっても例えば睡眠不足で死ぬことはなく、それはじりじりと病気の因子を拡大しているのは否めないにせよ、睡眠なんか毎日3時間くらいでも何とか生活ができるという、恐ろしいほどの対応能力だ。

 それに加えて、何とか意識を持って運が良ければ、毎日1時間弱取れる昼休みを使って、消費生活相談員、アドバイザーの資格を取得するための勉強なども、不思議に出来ている。眠くなるかと思いきや、弁当を食べながら勉強すると、これができるのである。

 昨日なんかは、月曜日から土曜日、毎日下道の県道をトレーラーで315キロ走っての最終日、業務を終えてからヘッドのオイル交換をした。これなんかも、傍から見ればくたびれて家に帰りたいだろうに、と思うかもしれないが、不思議と出来てしまい、そして不思議なのが、このようなきつい仕事を終えた後の達成感たるや、アドレナリンが出ているというのかわからないけれど、半端ないものがあって、俺は生きている、仕事をしている、というような強いというかストロングというかの普通に生活していたのでは体験できないレベルの満足感を得ることができるのである。おそらく極限の精神状態と肉体疲労が重なって、脳みそにおかしな刺激が行っているのだと思う。

 幸せな人たち、そうではない人たち、それぞれに生きる道がある。

 私はこんな風にしながら、幸せそうに見える人たちを羨んだり、激しく影で攻撃したりなどしながら、何とか自分を強く持って、自分に折り合いをつけるようにしている。

 これで何とか、心と身体のバランスが取れている、みたいな感じがある。

 とにかく極限状態になると、人間はとんでもない力を発揮するということを、身をもって体験しているということで、実はそれほど悪くはないんじゃないかね、なんて、これを書きながら思っている。

 そんなことねぇよな。