かつて私はインターネットを使った仕事をしていた。
当時は様々な情報が販売されており、誰もタダでは教えてくれない仕事を学ぶため、かなりの情報を買い求めた。情報商材と呼ばれていたものだ。
その中で未だにフォローメールが来る方がいる。
殆どの販売者はもう既にインターネットの仕事からは撤退している感じだが、この方は今もAIを駆使して稼ぎ続けている。
具体的にはブログを作成して広告収入を得るという手法。
みなさまも聞いたことがあるかもしれないけれど、検索結果を表示する仕組みは日々進化しており、一時期は稼ぐことのできたブログ執筆業は巷ではオワコンと言われている。
しかしこの方は、独自の手法で未だに稼いでいらっしゃるようなのだ。
適当な販売者のフォローメールはそれこそ適当なので、私も解除してきたのだが、この方のメールは解除せずに残っていた。内容や実績からも信頼のおける方で、いつの日か私も、という気持ちがどこかにあるのかもしれない。
その方から今回、自分が取り組んでいるブログを見せてくれる、という、特別のオファーがあった。
一体一で、Web会議のようなシステムを使い、約30分、立ち上げたばかりのブログを見せて解説してくれるのだという。
今の仕事は副業禁止ということもあり、このようなオファーからは遠ざかっていたのだが、実績のある方のブログを見ることができるということで、昔の癖が出てしまい早速応募した。
ところが当日になっても、主催者は画面に出てこない。30分待ってもいらっしゃっらないので、退席した。
メールで問い合わせてみると、手違いで約束を失念してしまったとのこと。ネットビジネスの人は適当だ、というような感覚が戻りつつあったが、誰にも忘れることはあるし、再度調整してもらえるとのことで、もう一度約束した。
そして先日、この方とお話することができた。
結論を言うなら、大きな成果を出している人は、それなりの努力をして、人とは違った事をして、差別化を図り、誰もが簡単には創れないような違った物を作り上げているということ。
視点や内容はもちろんのこと、外注さんが簡単に記事作成から投稿までを行う、しかも格安で、と言う仕組みを構築されていた。もちろんAIを駆使した上で、独自のプログラムを組んでいると教えてくれた。
私にこれができるかと言えば、まず無理だろう。
こちらの方はプログラミングなど全て独学だとおっしゃっていたけれど、私が頑張ってもできないレベルの内容だった。
このような無料のお話の後にはありがちなものがある。一通り説明を受けた後で、商品やコンサルなどのオファーがあるのが定番だ。
しかし私は今、副業禁止の所で働いているので、これを受けることはできなかった。かなり高額なものではあったが、それなりの力を秘めている物だということは理解できた。もしかするとこの先の人生の暮らし方を左右するような内容で、勿体ないなとも思った。
これは、今後老後を過ごして行くにあたって、かなり重要な事かもしれなかったなと後から思った。
仮に今、数十万円投資をして、そのサイトがこの先毎月仮に10万でも稼いでくれたならどうだろう。仕組みは変わり続けているとはいえ、賞味期限の間だけでも成果を出してくれたなら、この先の老後をとても楽に暮らすことができるだろう。
何を隠そう、私が以前描いていた理想の老後像がこれだったのだ。
しかしどういうわけか、今は半年ごとにクビになるかならないかの、安定だか不安定だかわからないような所で、こうして働くことになった。
今現在は満足しているものの、長い目で見るなら、このオファーを受けてもよかったのかなとも、少しだけ思った。でも、今の私には資金面も売り上げが計上できないという制約面からも無理だった。選択は間違いなかった。
このように、どっちつかずの中途半端な状況が続いている。
今考えていることは、冬のボーナスで借金を返済し、一年勤務の実績ができたところで250万程の借金をして新車を買い、それを3年か4年かで払い、払い終わったところ位でもう一度このようなネットビジネスとか、はたまた消費生活相談員とか、身体がきつくなければ今の仕事を続けられれば続けるとかして、何とか5年後くらいの年金受給まで生活できたらなと思っている。
それまでにも、おそらく親もどうにかなるかもしれないし、カミサンだって私だって既に60なのだから、何の病気を発症してもおかしくないわけで、こんなことを考えていると生活するのも息苦しくなってしまうので、もう適当でいいかなとも思っている。
今回そのサイトを見せてもらって、AIの進化は凄まじいとつくづく感じた。しかし、このような人類を滅亡する力を秘めている道具にしても、その使い方がわからなければ宝の持ち腐れなのであって、今はこのような状況に置かれている人が大多数だと思う。
また、昨今ではAIの開発者が開発をやめてしまうとか、AIが人間を滅ぼしてしまうというような話も聞くようになった。
おそらくここ数年で、劇的な変化があるだろう。
はたして私はこの先、インターネットやパソコンやAIとどのように対峙していけばいいのだろうか。
研究して、差別化して、記事を大量生産して、なんていう元気はもうない。
屋久島時代は面白かったな、私はパソコンとかインターネットとかWeb日記とかの黎明期を生きてきたんですよ、今の私がここで暮らしているのはですね、、、なんて、毒を吐くのが関の山だ。
まあ、そんなんでいいだろう。
それが私というものなのだから。




