腹膜透析

 一昨日の夜、あまりよく眠ることができなかった。

 ここ最近は寝落ちしてしまうほど、寝付きの良すぎる私には珍しい事だった。

 昨日は休みを取り、義父の入院する病院に行き、担当医、病院スタッフを交え、義父の病状の話を聞き、今後の方針についての話をしてきた。

 今回は、大腿骨を骨折しての入院だったが、こちらの経過は順調で何も問題はない。問題なのは、彼の腎機能が低下していることで、それに伴い透析治療が必要になることだ。

 それだけなら簡単なのだが、義父は身体が大きい割には血管が滅多にないレベルで細く、シャントと呼ばれる透析用の管の設置が困難という現実がある。三度にわたって手術をし、このシャントを作ったのだが、上手く透析ができなかった。

 その他にもいくつか方法はあるのだが、ペースメーカーが入っていることや、身体的な問題があり、それらも行うことはできない。

 最終的には、透析をするなら、腹に管を挿入し、腹膜から透析をする腹膜透析という方法しか残されないことになった。或いはもう一つ、透析自体をしない、という選択もある、と、ドクターは説明してくれた。

 幸いにもドクターは若く一生懸命で、コミュニケーション能力にも長け、まるで学校や塾の先生のように私達家族にわかりやすく説明してくれた。当然、義父にも同じように説明をしてくれた。

 透析はしない、か、腹膜透析をする。選択はこの二つだった。

 腹膜透析をするのであれば、腹膜透析をどこでするのか、が問題になる。腹膜透析は一日に何度かバッグを取り換える必要があり、自宅で行う場合は家族にとても負担がかかる。

 私達夫婦は、これを断固として拒否。

 一方で義父は、自宅に戻り、腹膜透析をするという。

 先生はきちんと義父に説明して下さり、その上で最終的には私達医療提供の側ではなく、ご家族の問題ですので、ということで、席を外された。

 ベッドで横になり、現在リハビリをしてはいるものの、おそらくこの先は動くことさえままならなくなってしまうことが予想される義父だが、目力だけは異常に強い。妻が話を切り出し、しばらくの間話し合いが続く。妻はここ数年で様々な病気をしてきて、ようやく体調が戻ってきたが、まだ経過観察中で、あなたの面倒はもう見ることができない、自分の体調が心配だ、と、はっきりと彼に言った。

 私も私なりに寝ることができない間にシナリオをいくつか考えていたが、それらが私の口から出ることはなかった。

 義父は妻が心臓の病気である心房細動を発症し、カテーテルアブレーションという手術を数時間にわたって受け、身体にダメージを受けている事を知らなかった。一緒に住んでいるのにである。

 数十分に及ぶ話し合いの末、義父は施設に入ることをしぶしぶ了承した。

 私は部屋を出て、担当医を呼びに行った。

 このタイミングで、少しおかしな事が起きた。

 担当看護師が、施設のパンフレットが入ったファイルを持ってきて、どこの施設がいいかとか、県南や県北にあるとか、月に20万から25万かかるとか、義父のベッドの近くでパンフレットを取り出しながら義父に対して説明をはじめたのだ。

 当初の話では、この病院を出た後には、ケアマネが所属しているもう少し小さな病院に転院し、そこでしばらくリハビリをした後、最終的に行く場所をケアマネと一緒に意見をすりあわせながら探す、という段取りのはずなのだ。

 私はあくまでも、義父の行く先に関してはケアマネと連絡を取っている。

 担当看護師ではないのだ。

 腹膜透析といえど、義父の状況であれば月に50万円、年間600万円ほどの医療費が所属した病院に対して支払われる事になる。彼は持病が多いのでケアに手間がかかり、おそらくかなりの高額医療になる。死ぬまで一生だ。また、20万だか25万だかは知らないが、施設の利用料も同様だ。ちなみに私達がこんな額を彼の為に毎月払えるはずはなく、せいぜいがんばっても15万程度が予算の上限である。

 私は自慢ではないが、様々な状況で、妻や義父の病気に携わって来たので、普通の人よりはこの辺りの状況に敏感だ。特にアフィリエイトなどもしているので、お金の動き、紹介料などに関しては、人一倍シビアな見方になる。

 義父に対してのデリケートな話し合いが終わった直後にこのような話を切り出されたので、私は少し嫌な気分になった。

 何とか気持ちを抑えながら、次に行くところはケアマネージャーの所属する病院で、そこでリハビリをしながら、行くところはケアマネを通して探してもらうように話をしてありますので、と、やんわりと断った。

 看護師は、血液透析ならそれで大丈夫だとは思いますが、腹膜透析だと、施設を探すことができないかもしれないので、と反論してきたが、私は数日前にケアマネに電話をして、おそらく腹膜透析になる旨を報告している。探すことができないのであれば、腹膜透析というキーワードを聞いた途端に反応するはずだが、ケアマネはどんと構えていて、何も言われることはなかった。

 おそらく、この看護師が行く先を世話すると、本人の給料に紹介料が入るとか、病院の中での点数が上がるとかの仕組みがあるのだろうと私は勘ぐった。この看護師はかつて妻にも同じような事を言い、おかしいなと思っていた。

 悪いけれど、私にそれは通用しない。

 もう4年近く世話になっているケアマネへの義理がある。

 看護師の持っている施設は正規のもので、価格もそれなりなのだろう。担当のケアマネなら、いろいろと融通を利かせてくれ、予算ありきではなく、まず、私達のことを考えてくれて、私達の状況に合った施設を探してくれると思うのだ。予算が合わなければ、腹膜透析をしなければいい、ただそれだけのことだ。

 義父の事は無事に解決したのだけれど、私はこの事で、ちょっともやもやが残っている。まあ、とにかく第一段階はクリアできたので、これから少しずつ、ケアマネとも相談しながら詰めて行こうと思う。

「今までに見たこともないくらい、耳が赤くなってたよ。表情も何だか厳しくて、はじめてみる顔だった」

 帰りに寄ったファミリーレストラン「まるまつ」で、妻が私にこんな事を言った。

 あまりしゃべらなかったけれど、少しは役に立ったのかもしれない。